院生のための算数入門(7) 数学教育の目標

[mixi 2007-07-04]

数学を学校で教える目的として,ものを考える力をつける,論理的な思考力を育てる,というのをあげる人がいるが,これはどうだろう.

そもそも,現在の時点では,理系の学問,数学や自然科学のほうが,確実に有用な知識や方法をたくさん保有している,というのは明らかではないだろうか.

いっぽう,文系,とくに社会科学系では,自分の考えをまとめて他人と討論したり,ウェブや本で情報を集めてそれを評価する,というような能力をもっと養う必要がある.

そう考えると,数学で頭の訓練をして,歴史や地理を暗記するというのは逆のような気がする.

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では,近代市民の教養,いや思考の道具としての数学は,何を学べばよいのだろうか.

これについては,民間教育団体の数教協がすぐれた研究をしてきた.森毅氏が若いころまとめた「森ダイヤグラム」が明快である.

A. 算数 (量と単位の理論であり,1次元線形数学でもある)
B1. 算数の多次元化としての線形代数
B2. 局所的な線形化の手法としての1変数の微積
C. 多変数の微積

A →B1とB2に分かれる →統合されてCになる 

これを図式化して

  A
 B1 B2
  C

のように菱形に書き,そこに矢線を入れると見やすい.

十進法や足し算の桁上がりからはじめて,15年ほどかけて,微分方程式を自分で立てて,その固定点を求め,そこでのヤコビ行列を計算して安定性をチェックできるようになる.

それが「数学教育」であって,ほんとうの意味での近代人を作り出す教育だ,というテーゼである.

この「院生のための算数入門」も,B1とCはまだ手薄だが,大体このテーゼの線にそって,またそこからはみ出す部分は何か,ということを主題にして書いているつもりである.

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こういう風に全体の構造を把握する試みなしに,2次方程式が必要かどうか,とか,パイが3だとはけしからん,と論じても,空しい気がする.

ちなみに「2次方程式など一生使わない」という議論に対し,森毅は「2階の線形微分方程式まで行かないと本当の意味はわからないかもしれない」といっているが卓見である.

ドアをポンと開けて,すーっと戻って止まったら実根,行きこして減衰振動しつつ止まれば虚根,そのちょうど境目が重根に対応する.こう書くと,大学教養の数学を普通に使える人は「もちろんそうだ」と答えるが,いくら受験数学ができてもわからない人はわからない.これはほとんど「近代」の核心部なのだが.

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立派な数学者,教育者が,優れた全体像を提示できるとは必ずしもいえないらしい.たとえば,ある人は次の4項目が重要であると主張している.

・初等幾何学
微積
・現代的な公理主義の思想
・数理科学

はじめの3つはずいぶん昔にある有名な先生が言ったのだそうで,別の偉い先生が,現代ではこれに「数理科学」をくわえればよりよいだろう,と書いているのである.

これはひどいと思う.各項目の関連性も,内的な構造の分析も欠けている.「数理科学」がまるで取ってつけたように別棟になっているのもおかしい.

森ダイアグラムなど,ほとんど自明のように思われるが,これと比べると,本質をついていることがわかるのではないだろうか.