平成不況と僕たちの戦争

[mixi 2007-04-18]

平成大不況がはじまる直前の記憶は,当時まだあった雑誌「フォーカス」に載った,螺旋形の道路の写真である.何のためのものかおぼえていないが,こんなものを田舎に作るような公共事業は,税金の無駄使いだという趣旨だった.

私はそれをみて「公共事業というのはある程度は無駄使いのはずで,それを知った上でみんな認めてたのではないのか.変だなあ」と思った.社会を,制御すべきシステムとみずに,個々の物事を道徳で判断する,という考え方が気に入らなかったのだと思う.

私がどこかで習った古典的なケインズ経済学が正しいのなら,皆がそんなことをいいだしたら大不況になるはずである.よし,これは実験だ,この写真を忘れまい,とそのとき思った.

不況になってからしばらくして,会った友人に「この不況,あと15年続くよ」といったら,相手が「まさかぁ」といって笑っていたのをおぼえている.

* * *

ケインズが正しかったのが証明されたのかどうかは,いま考えるとよくわからない.ただ,人々の道徳観念を刺激しつつ「小さな政府」や「民営化・規制緩和」を主張したこと,それを不況へ向かう局面で行ったことは間違いだった,と今でも思う.

本来,小さな政府にしろ規制緩和にせよ,人々のアイディア,こうすればもっと良くなる,というのがまずあって,それを妨げているものは取り除くべきだ,という風にボトムアップで進むべきものだと思う.あのときの流れは,それを「世界の要求水準に合わせる」ということから出発して,トップダウンに行おうというものだった.

いままでの政府のやり方はいけない,自分たちは間違っていた,と口ぐちにいった人たちには,規制が緩和されてやりたいことなどなかったのではないか.自分たちの小さな利権を心の中で心配しながら,他人の腐敗を非難していたとすれば,その結果が将来への不安であり,買い控えと消費の低迷であったのは,何の不思議もないだろう.


* * *

その頃つきあっていた彼女は,見掛けはクマのぬいぐるみかトトロ,中身はスタートレックデータ少佐みたいな人だったが,統計データを加工して売るのが商売で,経済データもその中に入っていた.彼女は経済学はほとんど知らないようだったが,もし勉強したとしても,おそらく数式を使った宗教の一種だと思ったに違いない.

私は,その彼女にも,「大不況がくる」と話した.彼女は少しも驚かず「しかし,数字をみる限り,消費はまだ落ちていないのです.いまが最後のチャンスです.皆で物欲を爆発させるのです.いま買い物をすれば日本は救われます」といった.

しばらくして,彼女からメールが来て「日本を救うために秋葉原に出動しましょう.買い物をするのです」とあった.

そして,われわれ,彼女と私と友達の女の子2人,はある晴れた日曜日に,日本を救うために秋葉原に出かけたのである.

その日,何を買ったのか,それとも結局は買わなかったのかは覚えていない.帰りに寄ったのは,じゃんがらラーメンの前のカレー屋だったか,それとも万世のカツサンドに冷えたビールで締めたのか.

ただ,私達は少しばかりうきうきしていた.なにしろ,日本を救うための戦いだったので.

平成不況が始まった日,僕たちはとても幸せだった.